上田 敏夫
うえだ としお
| 生年月日 | 1976年6月6日 (満50歳) |
|---|---|
| 性別 | 男 |
| 現住所 | 宮城県多賀城市 |
| 年月 | 学歴・職歴 |
|---|---|
| 1992.04 | 県立笹舟高等学校 普通科 入学 |
| 1995.03 | 県立笹舟高等学校 卒業 |
| 1995.04 | 遠見台大学 工学部 入学 |
| 1999.03 | 遠見台大学 卒業 |
| 1999.04 | 大和電機工業 生産技術 入社 |
| 2008.03 | 大和電機工業 一身上の都合により退職 |
| 2008.04 | 北森精機 製造技術(治具設計) 入社 |
| 以上 |
| 年月 | 免許・資格 |
|---|---|
| 1995.09 | 普通自動車第一種運転免許 |
| 2004.11 | 機械保全技能士二級 |
| 以上 |
志望の動機・自己PR
作業台に据える受け台や押さえの類を、図面に起こしています。図面どおりに作っても、現場で手が止まることがあります。だから試作ができると、自分で持って行って、組む人の手元をしばらく見ます。工学部を出て電機メーカーの生産技術に九年おり、それから北森精機に移りました。図面は現場に合わせて直すもので、その逆ではない、と前の会社で教わりました。
趣味・特技
金継ぎ(人の物は引き受けない)
本人希望記入欄
勤務地は宮城県内を希望いたします。それ以外は貴社規定に従います。
人生年表
- 1996.06機械工作の授業で、鉄の板を手作業で規定の厚さまで削る 「厚さを揃えるだけの課題で、二枚続けて削りすぎた。三枚目が通ったとき、指のほうが先に分かった。」
- 2007.11受け持っていた工程の設備が、別の県の工場へ移されることが決まる 「八年かけて癖を覚えた設備だった。運び出す日は、休みを取った。」
- 2008.03多賀城に部屋を借り、宮城へ戻る 「宮城を出たのは高校を出た春だった。戻ってみると駅前の店はあらかた変わっていて、それでも道の曲がり方は体が覚えていた。」
- 2016.09組立の台の治具が新しくなり、高さが一ミリ下がる(松本 翔太と) 「図面のうえでは正しい寸法だった。それを一日じゅう持つ手のことまでは、図面に書いていない。」
- 2023.11地元の中学校で、職業について話す時間を受け持つ 「十五分の持ち時間に、話すことが五分しかなかった。残りを質問にしたら、給料の額を訊く子が続いた。」