編者
名前も、生まれた日も、記録には無い。ただ、すべてを知っている。
綴じた名前が、百を超えた。まだ足りない。ここに記すのは、当人すら隠し通していることだ。
- 深沢 亨、S誰にも知られていない。「なかったことにした。」2019年2月
- 茅野 修みなもの日、この人がしたこと。誰も気づいていない。名寄せだけが、知っている。2004年6月19日・みなも町
- 平野 涼平兄の会社の保証人。判子の隣に、自分の判子。舞には言わなかった。2014年3月
- 早瀬 史乃2019年。名簿から、一行。指示書に、理由の欄は無かった。2019年6月
- 野口 早紀2019年3月。前の職場を去った理由を、誰も知らない。残っているのは、日付の入った退職届と、その週の献立表だけ。2019年3月
- 渡辺 悠閉店の音楽が鳴るまで、その百貨店にいることがある。買い物はしない。誰にも言っていない。2023年6月
- 山口 湊編者付記:集合写真の湊は、いつも列の端にいる。理由を尋ねた者はいない。「レンズを向けられると、同じ顔がもう一人いることを、否応なく思い出す。」2026年3月・みなも町
- 木村 豊編者付記:転勤の多い人生だった。単身赴任の部屋のことを、豊はあまり話したがらない。「家族と離れた年月の方が、いつのまにか長くなっていた。写真を飾ると、それを認めることになる気がした。」2018年9月・静岡県
- 鈴木 靖編者付記:鈴木の三年日記は几帳面に埋まっているが、二〇一〇年の一時期だけ、何も書かれていない。理由を語ったことはない。「書けない日のことは、書かない。それだけのことだと、自分では思っている。」2010年4月・みなも町
- 宮崎 亜紀営業所の統合で引き継いだ棚の、いちばん奥の箱。差出人の字は、旧姓の頃の彼女のもの。開けていない。2016年9月
——あなたは、いま、覗いてしまった。
読まれた名は、少しだけ、消えにくくなる。